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東京高等裁判所 平成5年(行コ)16号 判決

控訴人 洞島地区 ほか六名

被控訴人 栃木県大田原土木事務所長

代理人 池本壽美子 森和雄 ほか九名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  本件を宇都宮地方裁判所に差戻す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一項と同旨

第二当事者の主張

原判決九丁表九行目の「許可」を「行為」と改めるほかは、原判決事実摘示のうち控訴人らに関する部分記載のとおりであるから、これを引用する。

第三証拠〈略〉

理由

一  被控訴人が本件許可処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二  当裁判所も、控訴人らは本件許可処分取消訴訟の原告適格を有しないと判断する。その理由は、原判決一六丁表二行目の「いる(二条)」を「おり(二条)、同法が公益の実現を目的ないし基本理念とするものであることは明らかである」と、同丁裏一、二行目の「そこでは公益的施設の配置(一項六号)」を「個人の利益保護の趣旨を窺わせる規定としては、排水施設による溢水の防止(一項三号)、公益的施設の配置(一項六号)、がけ崩れ、出水防止(一項七号)、地すべり防止(一項八号)」と各訂正し、同一七丁表二行目の末尾に「なお、控訴人らが原告適格を基礎づける根拠として主張する有害ガスによる大気汚染、土壌汚染、煤煙、悪臭、騒音被害、交通上の被害等については、都市計画法及びその関連規定の中にはこれらの被害から直接周辺地域の住民の個別的利益を保護する趣旨の規定は見当たらない(同条一項一〇号は公害対策の一環として緩衝帯の設置を義務づけているもので、具体的な騒音、振動被害から住民の個別的利益を保護する趣旨の規定とは解されない。)から、結局控訴人らの主張は、同法等の規定から離れ、一般的に良好な生活環境の保全をいうにすぎず、採用することはできない。」を加入するほかは、原判決理由説示(控訴人らに関する部分)のとおりであるから、これを引用する。

三  次に控訴人らは、本件訴えの利益をも有しないと判断する。その理由は次のとおりである。すなわち、

都市計画法によれば、市街化区域及び市街化調整区域に関する都市計画が定められていない都市計画区域内において、政令で定める規模以上の開発行為をしようとする者は、あらかじめ、都道府県知事の許可(地方自治法一五三条二項、栃木県事務委任規則三条により、開発区域の面積が一万平方メートル未満のものについては、栃木県知事から被控訴人に権限が委任されており、本件はその場合に該当する。)を受けなければならないものとされ(都市計画法附則四項。同五項により同法三三条の開発許可の基準等の規定を準用している。)、右規定に違反して開発行為をした者は罰金に処せられることになっている(同附則六項)。また、開発許可を受けた者は、当該開発区域の全部について当該開発行為に関する工事を完了したときは、その旨を都道府県知事に届出なければならず(同法三六条一項、同附則五項)、都道府県知事は、右届出があったときは、遅滞なく、当該工事が開発許可の内容に適合しているかどうかについて検査し、その検査の結果適合していると認めたときは、検査済証を当該開発許可を受けた者に交付しなければならないものとされている(同法三六条二項、同附則五項)。

右規定に照らせば、右開発行為の許可は、これを受けなければ、当該開発行為をすることができないという法的効果が付与されているにすぎないというべきであるから、許可にかかる当該開発行為に関する工事が完了し、開発許可を受けた者に検査済証が交付されたときは、もはや開発行為の許可の法的効果が残存する余地はなく、その開発許可の取消を求める訴えの利益は失われると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件許可処分にかかる開発行為に関する工事が既に完了したことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠略〉によれば、訴外会社は、平成三年七月二九日被控訴人に対し、同月二〇日開発行為の許可にかかる右工事が完成した旨の工事完了届出書を提出したこと、これに対し、被控訴人は、同年八月一三日その検査をなし、右工事が本件許可処分の内容に適合していると認めて、同年九月三〇日検査済証を訴外会社に交付したことが認められる。

右事実によれば、本件許可処分の取消を求める本件訴えの利益は失われたものというべきであるから、却下を免れない。

四  以上のとおりいずれの点からみても本件訴えは不適格であるから、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 大谷正治 小野剛)

【参考】第一審(宇都宮地裁 平成二年(行ウ)第一一号 平成四年一二月一六日判決)

主文

一 原告らの訴えをいずれも却下する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が、平成二年五月一〇日付で、訴外日栄建設株式会社の産業廃棄物中間処理施設の建築計画に対してなした都市計画法附則第四項の規定による開発行為許可処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1 当事者

(一) 原告洞島地区は世帯数三七で構成される自治会、原告無栗屋地区は世帯数四〇で構成される自治会であり、いずれも、代表者が定められ、固有の会計及び意思決定機関を有し、構成員間の親睦、冠婚葬祭の共助、同地区が利害関係を有する事項についての陳情等の諸活動を行ってきた。したがって、右両原告は権利能力なき社団としての実体を有している。

(二) 原告藤原一郎、同藤原勝、同藤原七郎、同藤原長一、同藤原武司、同磯栄は、いずれも洞島地区の住民である。

(三) また、原告藤原勝、同藤原一郎、同藤原七郎は、後記産業廃棄物中間処理施設(以下「本件施設」という。)の隣接地主であり、かつ、右施設への進入道路の隣接地主である。

2 本件許可処分

訴外日栄建設株式会社(以下「訴外会社」という。)は、平成二年一月九日付で、産業廃棄物中間処理施設の建築を目的とする開発行為(以下「本件開発行為」という。)の許可申請をし、被告は、同年五月一〇日付栃木県指令大土第九〇七九号をもって、都市計画法附則第四項に基づき、訴外会社に対し、右開発行為の許可処分(以下「本件許可処分」という。)をした。なお、施設の概要は次のとおりである。

(一) 設置場所

黒磯市洞島字関谷道下一三三―一外五筆

原野及び山林

(二) 施設の種類

産業廃棄物中間処理施設(木屑の焼却、廃プラスチック類の熔融、圧縮、建設廃材の破砕)

(三) 規模等

敷地面積 四〇八八・七六平方メートル

3 本件許可処分の違法性

本件開発行為は、以下のとおり、周辺住民の良好な環境を享受することによって受ける生活上の利益を侵害することが明白であるから、本件許可処分には、本件開発行為が都市計画法の要求する許可基準(三三条)を充足していないのにこれを許可した違法がある。

(一) 本件施設への進入路の問題点

本件施設への廃棄物の運搬の経路については、県道高林―大原間線から黒磯市市道二八七号線を経由して本件施設に隣接する認定外道路(以下「本件進入路」という。)を入るとされている。そして、運搬に使用される車両は一〇トンの大型トラックで、本件施設の処理能力からして一日の通行量は五〇台程度が往復するものとされている。

市道二八七号線は、黒磯市中内から無栗屋地区を経て洞島地区に至るが、この市道は無栗屋地区及び洞島地区の生活道路即ち通勤、通学はもとより農作業にも使用されている道路であり、その幅員も大型トラックが通行する場合には、歩行者も道路外に退避せざるを得ない程度のものであり、他の車両との擦れ違いは不可能といえる道路である。このような道路をひっきりなしに大型トラックが通行することになれば、右両地区の住民とりわけ右市道に隣接して居住する住民に対して、大気汚染、騒音、振動等の被害が生じ、居住環境が悪化する危険性が極めて大きい。更には、交通事故はもとより農作業等にも重大な影響をもたらすことは必定である。

また、市道二八七号線から本件施設に至る本件進入路は幅員が四メートル未満の道路であり、途中までは建築基準法四二条二項道路としての認定を受けているもののようであるが、それ以降は四メートル未満の幅員しかなく、なんら建築基準法四二条一項各号に該当するものではない。したがって、本件施設については、建築基準法の規制を受ける建築物の建築が前提となっているにもかかわらず、建築基準法違反の状態を惹起している。

更に、本件進入路の最小幅員は二・八メートルであって大型トラックが通行することは事実上不可能であり、通行する場合には道路両側の民有地に侵入せざるを得ないが、道路両脇の地主である原告藤原一郎、同藤原勝、同藤原七郎において通行の承諾をした事実はなく、その所有権が侵害される可能性が大である。また、本件進入路の両脇の土地については、幅約一メートル程度分筆され、原告洞島地区が地主から堆肥づくりのための採草地として賃借しているが、原告洞島地区もまた通行を承諾しておらず、この賃借権が侵害され、賃借の目的を達することが不可能となる危険性がある。

(二) 本件施設の問題―特に農業との関係について

洞島地区及び無栗屋地区は純農村地域であり、特に洞島地区においては、栃木県がつとに推奨している首都圏農業への脱皮を図るため、観光農園、観光果樹園及び米づくりを三本の柱として、新しい村づくりを推進しつつある。

本件施設は、木屑の焼却、廃プラスチック類の熔融、建設廃材や廃コンクリートの破砕等を行うものであり、それによる臭気、煤煙、騒音等の公害発生の危険性がある。また、本件施設自体は中間処理施設であって、水処理の問題は原則として生じないが、施設内の雨水等が地下水汚染を引き起こす危険性もある。

更に、本件施設は村全体のイメージダウンを招くものであり、とりわけ前述した交通問題と相俟って観光果樹園等の将来的な展望をうちくだくものである。

4 よって、原告らは、本件許可処分の取消を求める。

二 被告の本案前の主張

被告が本件許可処分をなしたことは争わないが、原告らの訴えは、以下の理由により不適法であるから、いずれも却下されるべきである。

1 原告らは、本件許可処分の取消訴訟の原告適格を有しないから、本件訴えは不適法である。

行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消を求める訴えは当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるとしている。右にいう「法律上の利益」とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権利主体の行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されなければならない。

そして、都市計画法の関係諸規定に照らすと、開発許可制度は、法の目的とする都市の健全な発展と秩序ある整備、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保という公共の利益の実現のための制度であるというべきで、開発区域内の隣接土地所有者ないし周辺地域に居住する住民の権利若しくは具体的な利益を直接保護する規定ではない。それゆえ、本件許可処分において、原告らの個人的権利が結果的に保護されることがあるとしても、それは同法が目的とする公益の保護の結果もたらされる反射的利益ないし事実上の利益に過ぎず、行政事件訴訟法九条の規定する法律上の利益ではない。

したがって、原告らはいずれも原告適格を有しない。

2 本件許可処分にかかる開発行為に関する工事はすでに完了し、かつ、都市計画法三六条二項の規定による検査済証の交付も済んでいるから、本件訴えの利益はすでに失われており、したがって、本件訴えは不適法である。

都市計画法の諸規定に照らすと、開発許可は、これを受けなければ行うことのできない開発許可を行うことの自由を回復せしめる法的効果を付与するにすぎないものというべく、開発許可にかかる工事完了後においては、当該開発許可にかかる開発行為を行う余地はないので、開発許可の取消を求める訴えの利益は失われる。

また、建設大臣又は都道府県知事による違反是正命令の発動は、当該工事が開発許可処分だけでなく、都市計画法等関係法規そのものに適合しているかどうかを基準としてなされるものであり、かつ、この命令を発するかどうか、発するとしてどのような種類、内容の違反是正命令にするかは、専ら建設大臣又は都道府県知事の裁量に委ねられている。したがって、開発許可処分が存在することは違反是正命令を発することの妨げになるものではないし、また、開発許可処分の取消判決があったとしても、これによって必然的に違反是正命令を発すべき法的拘束力が生じるものでない。

したがって、当該開発許可にかかる工事が完了し、都市計画法三六条二項の規定による検査済証の交付もなされたときは、開発許可処分の取消を求める訴えの利益は失われるものと解される。

本件許可処分の対象地の開発行為については、平成三年七月二九日に開発行為者である訴外会社から被告に対し同月二〇日に工事が完了した旨の届書が提出されたことから、被告は、同年八月一三日にその検査を行い、工事内容が本件許可処分に適合していると認めて、同年九月三〇日に検査済証を訴外会社に交付した。そうすると、本件では訴えの利益が喪失したことが明らかである。

三 被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1 原告適格について

(一) 行政事件訴訟法九条にいう法律上の利益とは、実定法規の趣旨、目的に依拠して判断すべきではなく、客観的に違法な行政処分によって侵害される裁判上の保護に値する程の利益と解すべきであり、このような利益を侵害された者には広く原告適格を認めるべきである。

(二) 仮に、原告適格が認められるためには、実定法に根拠を有する権利ないし利益が存する必要があるとしても、その実定法の範囲については、当該処分の根拠となった行政法規に限定すべきでなく、憲法、他の実定法、慣習法及び法秩序全体も含み、法律上の利益には、これらによって保護される利益も含まれると解すべきである。

原告らは、憲法一三条及び二五条により基礎付けられる良き環境を享受する権利すなわち環境権を有しているが、本件許可処分から必然的に建設される本件施設により、大気汚染、振動、騒音、悪臭、土壌汚染、水質汚染等の公害により、環境権が侵害される危険性がある。また、右のような侵害は、隣地所有者の土地利用権の侵害や周辺住民への健康侵害等の危険性を有している。

(三) 仮に、法律上の利益を当該行政処分の根拠となった行政法規により保護された権利利益と解するとしても、都市計画法は、その目的として、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与する」ことを掲げ(一条)、住民の「健康で文化的な都市生活」の確保を基本理念としており(二条)、ここでは、住民の健康で文化的な都市生活を享受する利益が法の保護すべき直接の対象となっている。同法三三条の開発許可基準も、右の趣旨を具体的に実現するという観点から定められ、更に、政令及び省令により、振動対策、公園の確保、樹木の保存等の措置、がけ崩れの防止等の措置など具体的な環境確保の基準が設定されており、これら条項においても住民の健康で文化的な都市生活が保護の対象となっている。

また、都市計画法は都市計画案に関して、公聴会、公告縦覧、意見書提出等の住民参加の制度を有している。更に、同法五〇条三項は、開発審査会は、裁決を行う場合においては、審査請求人、処分庁その他関係人またはこれらの代理人の出頭を求めて、公開による口頭審理を行わなければならないと規定しているが、その趣旨は審理が一般住民にとっても密接な利害関係を有するものであり、また、財産権に重大な制約を課するものであるので、その公正を確保するための制度として設けられたものと説明されている。したがって、付近住民とりわけ財産権についての侵害ないしは制約を受ける住民については保護の対象となっていると解すべきである。

そして、原告らは、請求原因3記載のとおり、木屑や廃プラスチック等の焼却により発生する有毒ガスが原因となって生じる大気汚染、土壌汚染や煤煙、悪臭、騒音等による被害や交通上の被害を受ける危険性が高いものであるから、原告適格を有する。

2 訴えの利益について

行政処分取消訴訟の目的は、単に違法状態を将来に向かって排除して権利の回復を図るだけでなく、違法処分を遡及的に排除し、過去の違法状態を前提として生じた法的効果を全面的に除去するところにあると見るのが相当であるから、開発許可にかかる工事完了後も訴えの利益は存すると解すべきである。審理中に工事が完了した場合、訴えの利益がなくなるとすると、原告に酷であるばかりでなく、開発許可についての法的救済は国民に与えられないことになる。

また、開発許可の存在が違反是正命令の法的障害にならないとしても、開発許可を信頼して許可どおりに施行された工事について、安易な違反是正命令は発せられないのであり、開発許可の存在は違反是正命令を発するについての事実上の障害になる。そして、知事等が違反是正命令を発するにあたって裁量が認められるとしても、ある理由によって開発許可処分が取り消されたという事実は、知事等にとって主要かつ重要な判断資料となる。更に、知事等に裁量権があるとしても、一定の要件のもとでは、裁量の余地はなくなり、規制権限の不行使は違法となるのであり(裁量権収縮論)、その意味で法的拘束力はあるといえる。

したがって、本件許可処分の対象地の開発行為に関する工事が完了した現在においてもなお原告らの訴えの利益は存するものである。

第三証拠〈略〉

理由

一 被告が本件許可処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二 そこで、まず、原告らが本件許可処分取消訴訟の原告適格を有するかどうかを判断することにする。

1 行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消を求める訴えを提起することができる者を当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限定しているが、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解されるところ、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権利主体の行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益を保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。

2 そこで、原告らの主張する開発行為の対象となるべき地域の周辺に居住する住民の良好な環境を享受することによって受ける生活上の利益が、本件許可処分の根拠となる行政法規である都市計画法によって個人的利益として保護されているかを検討する。

都市計画法は、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉に寄与すること」を目的とし(一条)、右目的を達成するため都市計画を定めることとしているが、その都市計画は、「農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的利用が図られるべきこと」が基本理念とされている(二条)。そして、開発行為の許可制度は、市街化区域及び市街化調整区域(同法二九条)又はこれらに関する都市計画が定められていない都市計画区域(同法附則四項)において行う開発行為を都道府県知事(但し、本件においては被告が栃木県知事から権限の委任を受けて本件許可処分をしている。)の許可にかからしめ、もって、前記都市計画の目的、基本理念と乖離した開発行為が行われることのないことを期している。

ところで、都市計画法三三条においては、開発許可の基準が定められており、そこでは公益的施設の配置(一項六号)、樹木の保存、表土の保全等の自然保護(一項九号)、騒音、振動等による環境悪化の防止という観点からの緩衝帯の設置(一項一〇号)といった周辺地域の環境保全に関連する許可基準規定が存するが、同条及びこれに関連する都市計画法施行令、同法施行規則の諸規定において、環境基準に関する具体的な定めが設けられているものではなく、結局、右開発許可基準に関する規定が、周辺土地所有者、住民の生活環境にかかわる個人的な利益を保障しようとしたものと解することはできず、むしろ、一般的、抽象的に周辺地域の良好な生活環境を一般的公益として配慮した規定にとどまると解するのが相当である。

そうすると、開発許可制度は、都市計画法の目的とする都市の健全な発展と秩序ある整備並びに健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動の確保という公共の利益の実現のための制度であるというべきであって、開発区域の隣接土地所有者ないし周辺地域に居住する住民の権利若しくは具体的な利益を直接保護するためのものではないというべきである。

したがって、原告らの主張する生活環境上の利益は、都市計画法によって個人的な利益として保護されているということはできず、同法が公共の利益を保護している結果として生じる反射的利益ないし事実上の利益に過ぎないというべきである。

なお、都市計画法は、都市計画案の作成に際しての公聴会の開催等(一六条)、都市計画の案の広告、縦覧、これに対する住民らの意見書提出(一七条)の規定を置いているが、これらは、都市計画を決定するにあたり、都市計画案に広く住民の意見を反映させるべく、行政庁が履践すべき手続を定めたものに留まると解され、右規定が存在することから直ちに都市計画法が開発区域の周辺地域に居住する住民の個人的な利益を保護していると解することはできない。同法五〇条三項は、開発審査会が裁決を行う場合においては、審査請求人、処分庁その他関係人またはこれらの代理人の出頭を求めて、公開による口頭審理を行わなければならないと規定しているが、同条項は、開発審査会の審理の公正を確保するための審理方法を定めたものであって、右規定の存在から、都市計画法が周辺地域の住民の個人的な利益を保護したとの解釈を導くことも困難である。

また、原告らは、本件進入路を大型トラックが通行する場合には、道路両側に存する原告藤原一郎、同藤原勝、同藤原七郎の所有地及び原告洞島地区が賃借する土地に侵入せざるを得なくなり、右原告らの所有権ないし賃借権が侵害されるおそれがある旨主張するが、右土地につき通行が認められるかどうかは通行者が通行権を有するかどうかによって決される問題であって、本件許可処分によって、従前存しなかった通行権が付与され、あるいは違法な通行が適法とされることになると認めることはできないから、仮に右原告らの所有権ないし賃借権が違法行為によって侵害されるおそれがあるとしても、これにつき民事訴訟上の救済を求めるのは格別、右の理由をもって本件許可処分の原告適格を基礎付けることはできない。

したがって、原告らは本件許可処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者には該当せず、原告適格を有しないというべきである。

三 以上の次第で、原告らの訴えは、いずれも原告適格を欠く不適法なものであるから、その余の点について判断するまでもなく、却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登美子 達修 朝日貴浩)

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